黄金の月
氷高 颯矢
金色に光るリング。
こんなちっぽけなものが僕と君を繋ぐ証なんて…。
〜月齢0〜
もう、どれほどの時をこうして過ごしたのか。
隣で安らかな寝息を立てる愛しい女性を見て、
少しの心の痛みと、蕩けるような幸せとを感じる。
「おはよう、リディア…」
先に起きて身繕いをする。
それから、そっと部屋を抜けだし庭に向かった。
「みんな、おはよう…」
花達に挨拶をし、水を撒く。これが彼の日課だった。
「今日からしばらく留守にするけど…元気に咲くんだよ?
世話は庭師の人に頼んであるから大丈夫だよね?」
少し、寂しそうに目を細めた。
そして、その目に一輪の花が止まった。
赤く、染め上げられた美しい花…。
「また会う日まで、か…」
部屋に戻り、夜着から公務用の略装に着替え終わって、
夜着を片付ける段になってようやく彼女は目覚めた。
「ごめんなさい、私ったら…」
「今日は特別、視察に行くから早く起きたんだよ」
笑顔で応える。
「でも、アーウィングより早く起きた事、ないのよ…?」
「庭仕事してるとね、早起きが癖になるんだって!
リディアだって早起きしてるんだよ、僕が早過ぎなんだよね…」
年齢より幼く見えるこの年下の夫は、リディアには十分過ぎる程優しかった。
婿として迎えてから、一度だってリディアを悲しませる事はしなかった。
むしろ、傷ついた心を癒してさえくれたのだ。
だが、おとぎ話のように幸せと言い切れる結婚生活ではなかった。
「今から手続きをして、出発…そうだな、二週間くらい留守にするけど…」
ふいにアーウィングは真面目な表情でリディアを見つめた。
「大丈夫よ。心配しないで…近頃は調子も良いし、城のみんながいるから大丈夫よ」
「うん…そうだね」
リディアはアーウィングの少し沈んだ色を含む声に気が付かなかった。
「そうだ。今朝、摘んできた花を挿したいんだけど…」
「一輪挿しの花瓶ならここにあるわ」
蒼い玻璃の花瓶にその花をいける。
赤いその花びらは輝くような光沢を持つ。
華やかなのに、どこか寂しい。そんな風情を持つ花だった。
「この花は何と言うの?」
「ネリネ、だよ…じゃあ、僕はそろそろ行かないと…」
「待って!」
出かけようとするアーウィングを引きとめるリディア。
「えっ?」
「襟元、止め具が外れてるわ…」
止めてやろうと手を伸ばして初めて、目線の位置が変わっていることに気が付いた。
「アーウィング、少し背が伸びた?」
「本当?成長期ってまだ終わってなかったんだ…」
子供のように無邪気な笑顔。リディアはこの表情が好きだった。
「…これで良いわ」
「うん、じゃあ行くね」
「行ってらっしゃい」
出掛けようとするその足で、アーウィングは振り返るとリディアを軽く抱きしめた。
「…行ってきます!」
パッと身体を離すと駆け足で出掛けていった。
突然の行動にリディアは驚いて、その頬を染めた。
(一瞬、アーウィングが大人の男性に思えた…顔つきも、どことなく…)
この二人、夫婦でありながら一度も夜を共にした事がないのだ。
…とはいえ、実際は、同じベッドで眠ってはいるのだが、
身体を触れ合わせた事はなかったのだ。
身体どころか、唇すら合わせたのは数えるほどで、
とても夫婦とはいえない生活なのだった。
愛してると言える貴方、それに答えられない私…。
傷付くのが怖くて隠してしまったの。
ただ、貴方の輝きが眩しすぎて…。